サブパーソナリティ4|乗っ取られ支配される私

2016.12.17

人はどういった存在なのか?を説明するのに、サイコシンセシス(統合心理学)に特有の捉え方『サブパーソナリティ』をご紹介しています。
私の内側にいるたくさんの私 では、私たちがたくさんのサブパーソナリティから成っていること。それらは私たちが 生き延びるために生まれたもの であり、私たち自身を守るための特定の任務を帯びています。今、自分の嫌いな部分としてあるとしても、それは必要とされたからあるのです。たとえ、どんな部分であろうとも、困ったちゃんたちの本当の姿 は、善であり美であり愛であると、ご紹介してきました。
だとしたら、なぜ、私たちはそれらに困らせられるのか? 今回は、私たちはそれらに乗っ取られ、支配されることがあるのを見ていきます。

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サブパーソナリティに困らせられるわけ

数種類のサブパーソナリティを持つことは私たちを豊かにしてくれるのですが、彼らのたくさんの異なった欲求が混乱の原因ともなります。

P.フェルッチ『内なる可能性』

私たちには、意識していないけれど、数種類のお気に入りのサブパーソナリティがいます。普段、自分で「私はこういう人間だ」と思っている部分、あるいは他者から「あなたって、こういう人よね」と評されるような部分です。
「あなたって、どんな人?」と聴けば、私が出会ってきた人たちは、たいてい自分の悪い部分・嫌いな部分、短所や欠点を挙げます。中には丸ごとの否定で「ダメ人間です」「性格悪いよ」などと言う人もいました。その人たちに、そう言わせているのも、サブパーソナリティなんだけどね。

サブパーソナリティに乗っ取られる

私たちは日常的に、数種類のサブパーソナリティをとっかえひっかえして暮らしています。わかりやすいよう2種類のサブパーソナリティのを例として、ご紹介します。具体的に、仕事にまじめな人がお酒を飲むと豹変する、がいいでしょう。
責任感が強くコツコツと努力するキマジメなサブパーソナリティと、相反するような、だらしなくテキトーでイイカゲンなサブパーソナリティを同居させてたりします。ひとりの人の、同じ身体・心の中に、です。
キマジメな部分で仕事をし、イイカゲンな部分で憂さ晴らしをする。翌朝には「昨日は飲みすぎた。醜態をさらしてしまった」などと自己嫌悪に陥る。よく聞く話です。片方があるから、もう片方を必要としているように思えますが、違います。キマジメな部分に反発するイイカゲンな部分があって、イイカゲンな部分を戒めようとするキマジメな部分があるのです。それぞれが、別の欲求を抱えたサブパーソナリティです。
ここまでわかりやすくなくとも、私たちは1日の中で、サブパーソナリティを早着替えしています。
それらは状況にあわせて、特定の刺激に対して反射的に出てくるものだからです。私たちの方が、数種類のサブパーソナリティに、とっかえひっかえ乗っ取られ支配されていると言ってもいいかもしれません。

相反するサブパーソナリティもある

サブパーソナリティはそれぞれが、他を無視したり、誤解したりしつつ、かなり独立した小宇宙をなしています。

P.フェルッチ『内なる可能性』

私たちが、自分自身を嫌ったり、自分自身に困ったりするのは、どんなときでしょうか? 「こうしたいのに、ああしてしまう」あるいは「こうだけれど、本当は嫌だ」と言うような“葛藤”するときではないですか?
昼間はまじめな人が夜お酒を飲んで豹変し翌日には自己嫌悪にかられる、という例で続けます。
仕事に熱心で責任感の強い人には、ストレスも多いでしょう。ストレスを発散するためにお酒が飲みたくなる。お酒を飲むと楽しくなれるから、と、その人は言うかもしれませんね。楽しいから、どんどんお酒を重ねてしまい、他から見れば昼間の姿からは想像もできないほど明るく陽気になっていく。ここまでは、本人的にも悪くないでしょう。深酒の結果が、誰かに対する暴言や愚痴や悪口、酔いつぶれてどこかで眠ってしまうなどになると、翌朝の二日酔いとともに「何てことを言って・してしまったんだ」と、まじめな部分が戻ってきて「自分は何てダメなんだ…こんな自分が嫌いだ」と自己嫌悪する。これも葛藤の一種と言えるでしょうか。
お酒を飲むのはいい、飲み過ぎてしまうのが問題だ、とその人は言うかもしれません。お酒にノマレてしまう、と。もしかしたら、お酒ではなく、楽しいことが大好きなサブパーソナリティにノマレてしまっているのかもしれません。これが、乗っ取られて支配されている状態です。
まじめな部分からしたら、深酒するようなサブパーソナリティは困るし嫌いでもあるでしょう。楽しいことが好きな部分からしたら、まじめな部分をこそ嫌いかもしれません。こうして葛藤は起こります。
しかし、それぞれに良いものがあるのにお気づきですか? まじめに仕事をするのは良いことだし、楽しくお酒を飲むのも良いことですね。困るのは、やり方です。まじめ過ぎてしまったり、楽しみ過ぎてしまったり、といった側面です。極端なのが、サブパーソナリティの特徴でもあるので。

さいごに

私たちは、数種類のサブパーソナリティをとっかえひっかえして暮らしています。中には相反するような存在もあるので、葛藤が起こります。それはサブパーソナリティ同士の喧嘩、互いを嫌いあうような状態です。ひとつのサブパーソナリティに乗っ取られ支配されていると、やり方が極端なこともあって、別のサブパーソナリティに着替えたときに、私たちは自己嫌悪に陥ったり自分を嫌いになったりします。しかし、そのどれにも、良い動機があります。
サブパーソナリティたちは、自分自身にとって(少なくとも一度は)必要だからあるのだということを忘れないでください。

さて、また別のページで、それらを本来の姿にするにはどうすればいいのか? 乗っ取られ支配されるのは誰か? をお話しします。