父の意志を継ぐ娘の物語|ガース・ニクス『古王国記Ⅰ:サブリエル 冥界への扉』
原題は SABRIEL
ネクロマンサーとは、通常は死者を蘇らせる力を持つ者のこと。この物語で描かれるネクロマンサーもまた死霊使いだが、『アブホーセン』は死霊たちを眠らせるのが使命。
古王国記3部作の、『サブリエル』が第1部。第2部は『ライラエル』、第3部が『アブホーセン』。
壁の向こうには魔法があるけど、こちら側にはない、という世界設定は、『真実の剣』シリーズも同じだな。
あらすじ
もうすぐアンセスティエールの寄宿学校を卒業するというとき、一体の死霊が父の剣とハンドベルを持って現れる。父の行方は? 案じたサブリエルは単身、古王国へと乗り込む。
国を守るはずのチャーターストーンが割れていることに衝撃を受け、死霊たちに襲われながらも、父アブホーセンの館へたどり着く。そこで待っていたのは、眠りから目覚めた魔性の猫モゲット。
1人と1匹は首都ベルサリエールを目指しペーパーウィングで飛び立つが、途中で墜落。正体を現したモゲットに襲われかけたが難を脱し、サブリエルが見つけたのは、船首像に変えられ眠らされていた若い男だった。
首都に着くと大死霊が待ち受けていた。冥界から一度は父を助け出すが…サブリエルは悲しむ間もなく、アンセスティエールで大死霊キルケゴールの体を探し、対決することになる。
物語の輪郭
主人公が○○する話』で言うなら?
- 主人公が、父を救おうとする話。
- 主人公が、アブホーセンになる話。
- 主人公が、死霊と戦う話。
上記に『いつ・どこで・誰と・何を・どのように』を補足してまとめると?
壁の向こう側の古王国には魔法があって、こちら側には自動車や電気がある世界。魔法のない側の寄宿学校で育った18歳のサブリエルは、父が冥界に囚われているのを知って古王国へと向かい、モゲットやタッチストーンとともに、大死霊ケリゴールと戦う。
好きポイントは?
- 7つのベルがマジック・アイテムなところ。
- アブホーセンの館がなんとも魅力的。山ほどの精霊がいたり、ステンドグラスの窓があったりと造りが豪華。
- 王家の血を守るために、船首像にするというアイデア。
- 主人公の決然とした性格。
- 敵か味方か、どちらにも転ぶモゲットの設定。
- 旅していくところ。
- 脇のキャラクターの人間味豊かな設定。
- やっと会えた父とサブリエルの、さりげなくも愛情のこもったやりとり。
主人公の欲求・価値観・能力は?
欲求
父を助けたい、助けなければならない、と動き出す。後半は、父の意志を継いで、蘇った死霊のボスを阻止することに全力を尽くす。
価値観
使命感。「アブホーセンならどうするか」を行動規範にしている。「道をはずれたネクロマンシーやフリー・マジックの邪悪な術を正すこと」が基準。
不正を嫌い、正しいあるいは正確なことに価値を置いている。
自分がアブホーセンを継ぐ身であることを受け入れている。アブホーセンという役割が、彼女の価値観・セルフイメージの大元なかんじがする。
能力
ベルもなく、何の用意もなくても冥界に足を踏み入れることができるとは、アブホーセンとしての能力はかなり高いんだろう。
学校の成績も優秀で、監督生を務めてもいる。
読後に思ったこと
父と娘の物語だ。なぜ、娘だったんだろう? 息子ではなく。アブホーセンという特殊な役目を負うのは、男の子でもよかっただろうに。まぁ、古王国の血筋が王になる設定を先に考えるなら、相手は女の子の方がよいということか。
サブリエルは、兵士の死体を弔おうとしたり、裏切りかけたモゲットを許したりと、心根が優しい。いたずらっ気を起こしたり、調子に乗ったりもするけれど、真面目。いわゆる優等生タイプの主人公だと、私は安心して読める。映画にもなった『黄金の羅針盤』のライラのような、やんちゃな子供は、私にはストレスになる。
物語中で必要最低限しか語られることのない、父と娘の関係について。だからこそ、冥界から抜け出そうとしている場面でのやりとりが、鮮やかさを増し、心に響く。