異なるからこそ美しい|タニス・リー『緑の薔薇』

2017.3.23

異質なものを排除するというのは、生物の、特に弱い生物の本能なのだと聞く。
自分とは異なっているものは、敵の可能性があるからだ。
弱肉強食と云われる自然界において、小さく弱いものは群れをなし、外敵から身を守ろうとする。群れに、異なるもの=敵を入れておくわけはないだろうね。

さて、私たち人間は、小さく弱いものなのだろうか?

今回分析する物語の原題は Besuty で、名作『美女と野獣』を下敷きにしている。
短編集『血のごとく赤く━━幻想童話集━━』収録。短編集の原題は RED AS BLOOD Or Tales from the Sisters Grimmer

Antonio CANOVA (1757 – 1822)
Psyché ranimée par le baiser de l’Amour
Marbre – H : 1,55 m ; L : 1,68 m ; P : 1,01 m
MR 1777
Paris, musée du Louvre
© 2010 Musée du Louvre / Raphaël Chipault

あらすじ

ふたりの姉とは違ってうまく自己表現をできないでいたエスタルが、父親にお土産にと頼んだのは薔薇だった。偶然の一致か、帰宅した父親は緑の薔薇を持ってきた。しかしそれは異星人からの召喚状。抵抗しても無駄なことを知っていたエスタルは、独り異星人の元へと行く。
異星人との暮らしは、エスタルにとって初めての心休まるものだった。一時的に里帰りした際に、姉の一人から「本来の姿を見るように」と諭される。
果たしてエスタルは異星人の姿を見、実家へと逃げ帰るものの、彼の元へと戻る。そして出生の秘密が明かされる。

物語の輪郭

ヒーローズ・ジェーニーに照らしたのが、以下。

緑の薔薇のHJ

ネタバレにつき注意

旅の準備

日常の世界で、主人公エスタルは3人姉妹の中で唯一自然出産で生まれており、生来の落ち着きなく混乱気味の精神は、そのためだと思われていた。
父親の151回目の誕生日に、物語は幕を開ける。

商用で出かけていたと思われる父親に、3姉妹はそれぞれお土産を頼んでいた。エスタルが望んだのは、天然の薔薇。偶然の一致か、その星では異星人からの召喚状として薔薇が用いられていた。

迎えの車に独りで、エスタルは恐怖と怒りを感じていた。それまで自分の感情に常に押しつぶされ、出口を求めながらも見つけることができず、自分自身にすら見せたことのなかったのに。
異星人の住む“山”に着いてから、1ヶ月、主人公は与えられた居室と専用庭に立てこもった。

場所の移動は、スペシャルワールドへの移行を暗示するのだが、この物語では、そのように解釈しなかった。立てこもりは、いかにも『冒険の拒絶』だ。

スペシャルワールドの試練

無視をするのは気になってしかたないから。好奇心に負けた主人公はついに、頭の中で、彼女の庭に異星人を招待する文章を念じた。

これで主人公はスペシャルワールドへと突入する。
門番は、主人公自身の感情(好奇心と欲求)と捉えることができる。

この惑星において、異星人は一部たりと姿をさらすことはなく、声さえも変えている。人間たちは異星人たちが醜いからだと信じていた。当然、主人公もまた。
主人公は初対面の異星人に対し、リラックスすることができた。これまで家族といて、2度しか味わったことがないのに。主人公は理由なく泣き出し、居室へと逃げ帰る。激しく揺れる感情とともに、今度は1週間立てこもった。

スペシャルワールドを学ぶ主人公。異星人と会い、ともに居ることで彼女の感情と創造性が花開いていく。

スペシャルワールドの通過儀礼

家族に約束した通り、主人公は一時里帰りをする。家族から見ても、主人公は以前より自信をもち、落ち着き、家族に対して好意的に変化していた。しかし、父親は彼女の“破滅的な悲しみ”の表情を目にする。
2週間を家族と過ごし、主人公はすり減りくたびれはてた。そんな自分に気づくことで、主人公は異星人への愛を認める。しかしまだ障害がある。どんなふうに愛しているのか?
出発に際し、姉のひとりが贈り物とともに助言する。戻ったら真の姿を見せてもらうように、と。

里帰りしたことによって、主人公は家族の元ではなく、異星人の元こそが家だと確認することになった。1回目の変身。

戻った夜に、主人公は異星人に姿を見せてくれるようにと頼む。断るでもなく、翌朝泳ぐ姿を見にくればいいと、異星人は応えた。
翌朝、一糸まとわぬ姿の、異星人の真の姿をそれ以上は見続けられなくなるまでに凝視した後、主人公へ実家へと逃げ帰った。

ここで主人公は精神的な死を迎える。理由は物語の最後で語られる。
実家に戻った主人公は、眠り続ける。逃避の眠り。また眠りは、死を暗喩する。
12日後、異星人からの呼び戻しが届けられる。

スペシャルワールドからの帰還

与えられた居室では異星人が待っていた。この惑星で身につけるものではなく、彼らの衣服をまとって。
ここで、異星人がいかに美しいかが描写される。この物語の山場。それまでの全てが覆されるほどの。

主人公が異星人の真の姿を見た後、逃げ出さずにいられなかった理由が明かされる。
人間は神の前には畏れを抱くものだ。

さらに、異星人は彼らの秘密でもある、主人公の出自にまつわる物語を語る。
主人公は、本当の意味で帰ってきたのだし、帰還するのだ。

物語は過去を完全に閉ざし、未来へと扉を開いて終わる。

『主人公が○○する話』で言うなら?

日常に馴染めないでいた主人公が、本来居るべき場所へと帰還する話。

『いつ・どこで・誰と・何を・どのように』を補足してまとめると?

時制は未来。地球ではない惑星。異星人からの召喚を受けた主人公が葛藤しながらも自己を解放し、本来あるべき姿を取り戻す物語。

好きポイントは?

  • 主人公の感情の混乱。孤独と自分ですら何を求めているのかわからないでいる様子。
  • スケールの大きな物語であること。
  • 『彼女はつねに感情に押しつぶされながら、出口を見つけることができなかった。』
  • 『自分でも悩み焦がれているのがわかっていても、その招待が何なのかはっきりしなかった。』
  • 『父親の家で途方にくれて目覚めなかった試しは一度もなかった。』
  • 『これまで、自分には何が必要なのかを理解したことがなかった。』
  • 『昼行性の動物が朝の訪れを歓迎するのと同じような気持ちで、彼を愛していた。』
  • 『家族の生活に魅かれる要因はというと、ただひたすらにその異質さだった。家族についても同じだ。』
  • 主人公の震えるような繊細な感情の揺れを見事に描き出しているところ。
  • 小物の華麗さ。

主人公の欲求・価値観・能力は?

欲求

物語では、主人公の孤立━━家族とさえ本当の意味で親しくなれず、自分で自分を理解することもできない━━、身の置き所のなさが描写されている。
かといって、承認欲求が強いわけでもなく、所属と愛の欲求を感じさせるでもない。主人公自身が自分を理解しておらず、よって欲求というまとまりのある形での「何か」を求めることすらできていない。
物語中には『エスタルの存在理由(レゾン・ド・エスタル)が見つかるかもしれない』とあり、自己実現欲求と捉えるのが妥当だろう。

価値観

古風な衣装を好む。これは、伝統に縛られている → 固定観念に囚われていることの暗喩なのではないかと思う。異星人は醜いと信じ込み、疑いもしなかったように。

能力

『理路整然と、しかも実に的確に話すことはできるし、求められれば簡潔かつ非常に面白い手紙やエッセイや描写的な詩の一節も、ものすことができた。』聡明さと、教養の高さ、センスの良さもうかがえる。

読後に

この物語は、美女と野獣のみならず、ギリシャ神話の『アモールとプシュケ』も敷いている。
主人公エスタルの名は『ギリシャ神話のプシュケと同じ意味』と、明記されている。

異星人の内面と外見、両方の美しさに触れた主人公。ゼウスの姿を見たために焼け死んだ、セレメを思い出す。
美醜の描写で興味深いのは、自分よりも卑しいものになら堪えられるのに、美しいものに堪えられないこと。『自分の身を肉体的な劣等者に与えるという傲慢な行為なら、まだ納得できる。だが目もくらむ稲妻に、太陽の火焔二、身をさしだすのは不可能だ。』
2度目の変身で、主人公は全てを捨てようと決心している。すべての虚栄、自他への偽りを脱ぎ捨てたのだね。

こうして分析してきて、仕切れていないと感じる。
この物語は、私の物語だ。そう思っている。
何度読み返しても、そのつど惹きこまれてしまって、休みやすみでようやくここまで整理することはできた。
私はこの物語から自分を切り離すことができず、充分と思えるだけの整理がついていない。しかしながら、まとめてみようとすることで、言葉にならないながらも、つかめたものがあると感じている。