人とかかわり学び選択の果てに得たさらなる自由|パトリシア・A・マキリップ『妖女サイベルの呼び声』
原題は THE FORGOTTEN BEASTS OF ELD
マキリップの物語は、『茨文字の魔法』→『イリスの竪琴』3部作を読んで、これが3つめ。
この本を読んで、他の作家の物語を思い出す。冒頭、男性が訪ねて来るあたりは『妖魔の騎士』。名前がマジック・アイテムとして扱われているのは、『ゲド戦記』。
あらすじ
伝説の獣たちと山奥で暮らす主人公サイベルのもとに、一人の男コーレンが訪れ、血縁者なのだからと半ば強引に赤ん坊を託された。王の血筋の赤ん坊を通して、サイベルは近くに住む魔女やコーレン、王や王に敵対するコーレンの一族などと否応なく関わっていくことになる。
山奥から街へ。獣たちとの気ままな日常は、人々の思惑の渦巻く街の生活へ。愛と憎しみ、信頼と裏切り、人間の持つ感情を学んだ果てにサイベルは、念願の幻獣ライラレンの召喚に成功する。
物語の輪郭
主人公が○○する話』で言うなら?
- サイベルが、ライラレンを召喚する話。
- サイベルが、他人の思惑に振り回される話。
- サイベルが、愛や憎しみを知る話。
- サイベルが、人として成長する話。
上記に『いつ・どこで・誰と・何を・どのように』を補足してまとめると?
剣と魔法の世界のいつとはわからない時代、山奥で独り、伝説の動物たちと暮らしていたサイベルが、預けられた男の子をきっかけに愛と憎しみを知り、ついにはライラレンの召喚がかなうという話。
好きポイントは?
- 決断が、物語の進行に大きくかかわっている。
- 葛藤と成長が描かれている。
- サイベルの心の動きが丹念に描写されている。
- ちゃくちゃくと戦争を起こす準備をしておきながら、サイベルは前夜にとりやめる。人間たちが動物たちにただかく乱される拍子抜けぶりがおもしろい。
- 伝説の獣たちの性格と役回り。
- 下記引用した台詞。
「しかし、いつかあなたも気づかれる日が来るでしょう、呼び声に応えて自らの意志で来てくれる者があるということがどんなに心強いか」
主人公の欲求・価値観・能力は?
欲求
自由意志を奪われそうになったときの懇願ぶりの激しさから、自分自身であることがいかに大事かわかる。自分自身でいられさえすれば、地位も名誉はもちろん、愛情すらなくてもいいみたい。
物語半ばからは復讐が最大の望みとなるけれど、終盤で我に返る。
価値観
自分自身の意志・心を奪われそうになったときに、相手を激しく憎む。手放したくなくなってしまった男の子にも、選択の自由を与える。夫の記憶を消してしまったときは猛烈に後悔する。と、いった部分から、たぶん、サイベルのもっとも大切にするものは“自由であること”なのだろう。自由とは、意志。意志決定のこと。
能力
召喚能力。意志の強さ。
読後に思ったこと
巻き込まれる形で人とかかわり、善い面だけでなく、それまで耐性がなかったであろう醜い面をも学んでいく。そして、女だということと召喚能力を武器に、相手をじわじわと恐怖に陥れていくサイベル。大切な人は傷つけたくない、だけどやむをえないのかもしれない。果たされたあかつきには、自分自身さえもどうなってしまうのかわからない。それほどまでに望んだ復讐をとりやめるのは、彼女にとってどれほどに大きなことだったのだろうか。
知らずにいた方が幸せなのかもしれないことは、あるね。死んで欲しいと願うほどに人を憎んでしまったとき、私は、こんな気持ちは知りたくなかったと思った。
彼女の誇り高さが、彼女自身を救ったのだろう。ブラモアという名の恐怖を克服し、ライラレンを見出すために必要だったのは、悲しみだった。自由で美しいものが死にかけていることに感じた、悲しみ。それは、彼女自身を映した鏡。かかわらないという選択も、自由意志から生まれる。
この物語で唯一残念なのは、重要な役割のコーレンのよさがつかみきれなかったこと。さらに欲を言えば、獣たちのことももっと知りたい。