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私に向かないやり方

2016.9.16

「イバラの道とラクな道があったら、naoはイバラの道を選ぶよね」と言われたのは、中学生だったか。誇らしく思った。自分に厳しいことが、いいことだと思っていたから。
人に優しく、自分に厳しく。そうありたかった。
いや、違う。ただただ、自分に厳しくありたかった。なぜだろう? 父がそうだったからだ。

つらいおもいをすると、他者に優しくなれると云う。ほんとうだろうか? それなりにつらいおもいをしてきたつもりだけど、私は、他者に優しくはなかった。
人は、叩けば強くなると信じていた。実行したのは、弟に対して。
ずいぶんと酷いことをしてきた。そのなかで、おそらく最悪なのが、無視。おなじ家で暮らしているのに、何年にもわたって、完全にその存在を無視した。
心理的には、無視することは殺人にあたる。

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高校時代、大好きだった先生がいた。中年の男性で、私の好みから言えば、身綺麗にしてるとは言い難い人だった。担任ではなく、古文や漢文を受け持つその先生は、授業中によく独りでトリップしていた。ある一文を読んで涙ぐんだり、「いいですねー」と自分の世界に入ってしまうような人だった。変わり者。
その感性が好きだった。
卒業してから、その先生にだけは、何年か年賀状を出していた。ハガキではなく、和紙に筆で書かれた短い手紙で応えてくれていた。ある年、私が「巻紙みたいじゃない?」と評したそれに書かれていたのは『自分いじめをしなくなってきた』。会ってもいないのに。

人のあたたかさを知らなかった。自分以外の人間は、私に害を与えるか、私の庇護を必要とするか。私より上か下か。まるで、ジャングルでのサバイバルのよう。
生き抜くために、他者を頼らなければできないような、自分でできないことは、私にはなかった。

自分に厳しいとは、どういうことだろう?
私は自分をいじめていたんだろうか?

その頃、夜の街で遊ぶことを覚えて、それまではしたこともない「悪いこと」をするようになってた。勧めたのは父だった。私がガチガチに硬いから「悪いこともしてみなさい」と。
やってみて、自由になったような気でいた。一周まわって、元の自分に戻ったような気がしていた。先生には、どうしてわかったんだろう?
ずっと、自分をいじめていたのかもしれない。楽しむことを許さないというやり方で。たとえ夜の街で遊んでいようとも、それは変わらなかったけれど。

もっと、つらいおもいをするべきだったんだろうか? そうしたら、人に優しくなってたろうか? 考えてみるけれど、それは違うと思う。少なくとも私のばあいは、違うと思う。
つらいおもいをして優しくなる人は、もともとが優しい人なんじゃないかと想像する。わからないけど。人にもよるのかもしれない。
わかるのは、私は楽しむべきだったということ。もっと、ほんとうの、自分を喜ばせるようなことをすればよかった。

心身の調子を崩してメンタルクリニックへ行った。状況説明をするなかで「私には、できなかったことがなんですね。今回が初めての挫折です」と言ったら、精神科医は「ほんとうに?」と私を覗き込んだ。「はい」と応えた私に、一瞬の躊躇もなかった。
巧妙に、自分自身に気づかれぬように巧妙に、私は自分にできないことを避けて生きてきたんじゃないだろうか?

追い詰められればられるほど、私はキツくなって行った。自分に余裕などまるでなく、他者どころではなくなって行った。過去が、それを証明してる。
今現在、主人といて、あたたかな人たちと出会い、つくづくと感じる。もっとラクでいいじゃない。もっと楽しくていいじゃない。もっとハッピーでいいじゃない。
苦しみから学ぶことは多かったし、今の私を形作ってくれている。だから無駄なことをしたとは、まったく思っていないのだけど、自分に厳しくあろうとしたのは間違いだった。私には向いてなかった。
私に必要だったのは、人のあたたかさを知ることだった。人のあたたかさの中で、のびのびとラクに楽しむことだった。そうすることで初めて、他者に優しくできるように感じた。

自分に優しくできなければ、他者に優しくなれないとわかった。