本当に本物の夢

「夢なんて叶えなければ意味がない」そう言う人もいる。そう考えるのも悪くはない。
だけど、私がいいたいのは「夢だよね?」なの。
叶えなくては意味のないものならば、夢ではなく「目標」と呼んだらいかがか。

夢をみよう。
あたたかで、明るくて、やさしく、楽しくも嬉しい。そんな夢をみよう。

夢の見かたをまちがえてる人って、たくさんいると思うのよ。
ひとつには、言葉のまちがい。先の話しのように、達成すべき"目標"を「夢」と言ってみたり。
ほかには、他人におしつけられた"価値"を自分の夢だと思っちゃうようなまちがいも多い。

夢とは、そこに自分があったとしたら心地よいと感じられるものよ。

寒くはないんだ。
暗くもないんだ。
厳しくもないし、悲しくも、つらくもないものなのよ。

私はどうしても視覚的イメージが強い。だから、イメージで話してしまう。こういう話し方では、アタマを使うような人には響きにくい。
―――だからどうしたっていうんだろう? 私は、私の話しを“感覚的に”理解してくれる人に話したいだけなんじゃないだろうか。

考えることなく、目の前に見えるような“イメージ”。私的には、“イメージ”には身体感覚も含まれる。だから「明るい」とか「あたたかい」とか言うんだ。
「明るい」のも、たとえばまぶしいような光を見てるだけでなく―――なんて言うのかな―――明るさを体験してるんだよ。

だいぶ脱線した……
夢をみよう。って話しね。

ああそうだ。もうひとつ、ふたつ、言っておかなきゃ。
夢をみるのも―――夢のない言い方だけれど―――適切な見かたというのがあるのよ。
夢は「〇〇がイヤだから」見るものじゃないってことも言っておかなきゃね。意外と多いんだこのまちがい。

心から望むものを夢にみなよ。
生きてきた中でのあれこれの条件とか束縛とか義務とか、そういうのの前にあったものが “本物の”夢に通じてることは多いかもしれない。

「何が」じゃないの。「どんなもの/ことが、好きだった?」なの。

夢というものの、現実での現しかたというのは、実はいくつもの方法がある。
みんなまちがうんだけど、「これじゃなきゃいけない」は、ないのよ。“これ”は、あくまで、ひとつのやりかたにすぎない。ここをまちがってる人も多い。
だから、ブレるんだよね。失敗するとヤんなっちゃうんだよね。

本当に本物の望みは、使命というのよ。
命を使っても惜しくない。むしろ命をとしていきたい。それが、本当に本物の夢。

あなたが本当に本物の夢をみつけて、そのために生きると決心したなら、叶うかもしれない。

たぶん「そのために生きる」なんて、おおげさと感じたり、つらそうだと思ったりする人もたくさんいるかなと想う。
そうじゃないよ。本当に本物の夢は―――言ったでしょ? あたたかで、明るくて、やさしく、楽しくも嬉しいのよ。
あなたが本当に本物の夢をみつけたなら、すっごくやりたいと思うはずだし、迷わないし、どうしてもそれ!ってなるはずなのよ。
だから、叶うの。

覚えておいて。
本当に本物の夢とは、そこにいて心地いいもの。そのために命を使っても惜しくないし、むしろ使いたいって思っちゃうようなもの。あたたかで、明るくて、やさしく、楽しくも嬉しいもの。
なんだよ。
がんばんなきゃ!かもしれないけど、つらくはない。ものなんだよ。

つれづれ

Posted by nao