ウミウシと明るい部屋
光合成をするウミウシがいると知った。画像を見たら、光に透けて、とても綺麗な緑色だった。
顔にあたるのだろうか?白い部分に、黒いペンで点々と置いたような目のようなもの。角の部分には紫。
「生まれ変わったらウミウシになりたい」と主人に言った。
生まれ変わったら… どんな苦しいときにも口にしたことのないフレーズ。
何に生まれ変わろうともそれにはそれの苦労があるのだろうし、苦しいのは今この私だもの。そう考えて、言ってもしようのないことに思えたから。
生まれ変わったら… 口にしてみて、自分がまた少し変わってるのに気づく。自分を縛ってた「言ってもムダ」がゆるみ、言うことができたんだ。
ウミウシのキョトンとして見えるのが、悩みも苦しみもなさそうなんだけれど、いつも苦しかったときにはそんなふうに感じなかったろう。
私にとって、苦しみは、いつもここにあるものだった。
ウミウシになってみたら、それはそれは気持ちがよかったの。
なったとたんに頭の中は空っぽになり、からだじゅうの突起が水にゆらゆらする。ぼくとつとした穏やかさ。なんにもなくて、すべて在る。ただただ在る。理由も説明もいらないことの、安らかさ。
生まれ変わらなくても、私はウミウシになれる。今ここで。
台風の近づいているという雨の月曜。
とうに起きていた主人がチャキチャキとしたくをしてるところへ、起き抜けのぬぼーっとしたまま行って「毎日偉いね」と声をかけた。
雨でも、このひとは出かけて行くんだ。
会社員時代には自分だってしていたけれど、改めてなんてすごいことなのかと感じいった。
このひとが働いて、お給料をもらって、私を養ってくれてるんだ。お見送りもせず眠ってることもある私を。
「今日も起きて偉いね」と主人は頭をなでてくれる。
雨の日には、引きこもろう。私のからだのなかにある、明るい部屋に。
屋根に当たる雨の音が聞こえるだろうか。それとも、シャワーのような降る音だろうか。
白い木の、ここはキッチンスペースだ。ダイニングテーブルや、生活のこまごました物にあふれている。雑然として、静か。私は独りで、外の雨を感じる。
想像のなかでは、私はいつも独り。
かわいくて一時も離れていたくない犬も、大好きでいつもくっついていたい主人も、そこにはいない。
たぶん、たった独りになれる場所と時間は、現実の生活とはまったく別のものなんだろう。心のなか、奥底には、誰も入れることのできない本物のプライベートな空間があるのだろ。