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パンドラの箱|「死にたくない」と「生きたい」

2016.11.21

現代医学はメキメキと進歩してて、昔だったら救えなかった命も救うことができる。事実、私の心臓も手術してもらった。
救われた命。

ごく素朴な疑問がある。救われた人たちは、生きたいと望んでいたんだろうか?
もし死を宣告されたら「死にたくない」という気持ちになるかもしれないのは、想像できる。
私の疑問は、どのぐらいの人が「生きたい!」と意識的に望むのか、だ。

hope

「ここから飛び降りたら、死ねるのかな?」住んでいた家の2階で、窓の外を眺めながら漠然と思ったのは小学生のときだった。あれが、死を意識した最初だったのかもしれない。
なんとなくの死にたさを感じて、ずっと死なないようにしてきた気がする。生きてきた、とは、精確なところで、私には言えない。何度も死ぬチャンスはあったんだなぁと、こうして書くようになって気がつく。
死なないようにしてきた。生きたいと思ったことはなかった。

こんなCMがあったのを知っているだろうか?

たぶん20歳前後だったと思う。新宿駅の地下ホームに、大きなポスターがあった。その文章を読んで、いつまでもボーッと立ち尽くしたのを覚えてる。
その通りなんだよ。当時の私に「命を大切に」とか言われたって、何の説得力もない。「親が悲しむよ」とかも、私には信じられない。
だけど『あなたが大切だ』と、特定の誰かが面と向かって言ってくれたら、本気で言ってくれたら、生きられるのに… そう想っていた。

後年、私に必要だったのは何だったんだろう?と考えてきた。生きたいと望むために、必要だったのは、何だろう?
たどり着いたのが “可能性” だった。

死にたがっていた頃は、すべてがつらいと感じていた。楽しいことやおもしろいこともあったはずだけれど。つらいことにしか目が向かなかったんだろう。毎日が辛かったら、死にたくもなる。死ねば終わると思うから。つまり、絶望していた。

つらさと絶望の檻を開ける鍵が、可能性。出ることができれば、希望が持てる。
今はつらいけど、もしかしたら明日にはすべてが楽になるかもしれない。そう思えたら、もっと早く生きる気になれていたかもしれない。
最近、魔法のような、奇跡のような、心からの幸せと感謝を感じられるような出来事を体験してみて、生きててよかったと思えた。こんなことがあるとは、信じられなかった。可能性を信じると、希望が持てる。

パンドラの箱に、最後に残されていた“希望”。最後の切り札なんだね。
希望を持つには、まず、可能性が開ける必要がある。

自分が生きていると、心から実感したことはある?