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Xジェンダーという存在に衝撃を受け未来を感じてる。

2017.3.18

興味を持って拝見しているサイトに、Xジェンダーな方が書かれた記事があった。読んで、なんだかよくわからないけれど、ともかくすごく衝撃を受けた。
丸1日経った今、その衝撃の理由を解明できていないなりに、うまく説明できないなりに、単なる感想として記しておこうと思う。

この文章については私個人の率直な感想を述べるもので、関連する方の生きづらさや苦しさを想像はするものの、配慮に欠けているものかと思います。その点、まず始めにお詫びいたします。

『Xジェンダー』という言葉を目にしたのも初めてで、まず「ジェンダー」とは何か、から、はっきりさせておきたい。

ジェンダーは社会的・心理的性別を指す。
英米語におけるgenderには、以下のような用法がある。
  1.言語学における文法上の性のこと。
  2.生物一般における生物学的性のこと。雌雄の別。
  3.医学・心理学・性科学の分野における「性の自己意識・自己認知」のこと。性同一性。
  4.社会科学の分野において、生物学的性に対する、「社会的・文化的に形成された性」のこと。男性性・女性性、男らしさ・女らしさ。
社会学者のイヴァン・イリイチの用語で、男女が相互に補完的分業をする本来的な人間関係のあり方。イリイチはその喪失を批判している。
(中略)
日本語として単独で用いられる場合には、ほぼ以下の意味に限定される。
  1.文法的性。
  2.性同一性。
  3.社会的性。
このうち、最も一般的なのは「社会的性」を指す用法である。

Wikipedia 『ジェンダー

ジェンダーとは、ある社会において、生物学的男性ないし女性にとってふさわしいと考えられている役割・思考・行動・表象全般を指す。男性にとっては男らしさであり、女性にとっては女らしさである。
男らしさや女らしさとは、本来、生物的な男性・女性が社会的にいかにあるべきか、という価値観の問題である。そのため、生物的性と社会的性は同一視すべきではないものの、相互に深い関わりを持つ。

Wikipedia 『ジェンダー


次に、「Xジェンダー」とは何か?

Xジェンダー(X-gender)とは、出生時に割り当てられた女性・男性の性別のいずれでもないという性別の立場をとる人々を指す。両方を区分する限りでは、中性、無性、両性、性別という枠組みから脱する、女性か男性か定まりきらない流動的であるというあり方など人により様々である。

女性の体に生まれ、性同一性がXジェンダーである人を「FtX」、
男性の体に生まれ、性同一性がXジェンダーである人を「MtX」、
男性の体・女性の体に非典型的なインターセックスの体(性分化疾患)を持ち、性同一性がXジェンダーである人は、自身を「XtX」と呼ぶことがごく稀にある。

Wikipedia 『Xジェンダー

Xジェンダーという言葉は、日本独自に使い始められた言葉であり、英語圏ではGender queer(ジェンダークィア)、Third genderといった言葉が対応すると考えられる。更に、中性・両性・無性・性嫌悪などと翻訳できる詳しい単語が多数存在する。Third genderは、身体的な性別を意味する場合もある。Queerは更に広義の意味を持つ(セクシュアル・マイノリティ全体を示すこともある)ため、明確にXジェンダーだと示したい場合には沿わない。また、インドのヒジュラや、アメリカ先住民のベルダーシュ、タヒチのマフーといったカテゴリーにも似通った部分がある。それまでの日本では、出生時に割り当てられた性別とは異なる性別として生きようとする人々をトランスジェンダーという言葉で表現することができていたが、女性でも男性でもいずれかでもない人々を指し示す言葉がなかった。ある書籍に掲載されたトランスジェンダーのインタビューによれば、目指す(性別の)ゴールが明確にできない人々を表す言葉が存在しないことから、X-ジェンダーと名乗り始めたことが最初だとされる(この書籍では「X-ジェンダー」であった)。

Wikipedia 『Xジェンダー

Wikiの『Xジェンダー』には、さらに興味深い記述があるが、私個人の混乱を増加させるので、今は割愛したい。


また、私個人の覚書として『LGBT』を挙げておきたい。これは、以下の頭文字をとって言われるもの。
  Lesbian 女性の同性愛者
  Gay 男性の同性愛者
  Bisexual 両性愛者
  Transgender 性別越境者

もう一つ、『アセクシャル』について
Aセクシャルとは、無性愛者のことで、異性・同性に対し、恋愛感情および性的欲求を抱くことがない。
恋愛感情を抱くことはあっても、性的欲求を抱くことがないばあいは「非性愛」であって、Aセクシャルではない。


さて、ここまで調べてきて強く思うのが、Xジェンダーは、単に肉体的なことでも、単に心的なことでもないのでは?ということ。
肉体的に“男性”であるばあい、その肉体を受け入れることができず「自分の中身は“女性”である」━━“”部分の部分を入れ替え可能━━と主張したら?と考える。お医者さんの診断名としての性同一障害が適応されるケースだろうか。肉体と心の性別を一致させたいと願っているなら、という但し書も入る。
Xジェンダーな方の書いたものを読む限り、その方は女性の肉体を持ち、それを受け入れられないとしているが、だからと言って「中身は男性である」とは言っていないのだ。
私の理解では「男でも女でもなく、一人の人間として扱って欲しい」と言っている。

おそらく、この部分に私は衝撃を受けたのだけれど、うまく整理しきれないでいる。

衝撃を感じたとき、とっさに考えたのが「私はこの人をなんと呼べばいいのか」だった。
この文中でも「Xジェンダーな方」「その方」と記しており、「彼」ないし「彼女」とは、意識して呼んでいない。
その方は、文中で自分を「僕」と言っているのだけれど。

私たちは、どうしてこんなに性に縛られているのだろう?
呼び方ひとつとってみても、そう思う。

生物には雌雄があるからだ、当然だろう、と言う人もいるかもしれない。
私の混乱は、それが原因でもある。人間には、本当に、男と女しかないのだろうか? 肉体的に、心的に。そこに疑問を持ってしまった。

これまでは、ジェンダー=役割としてのその性らしさ、には反発を感じたことはあった。しかし、生物的肉体的に男か女かどちらかだということを、こうまで無条件に受け入れてきた自分自身というのに気づいて驚いている。

私個人は女性の肉体を持ち、いささか男性的と他者から評される性格あるいは性質を持ってもいるけれど、心的にも女性だということを無理なく自然に受け入れている。私の肉体と心の性が一致しているのと、私がXジェンダーに対して感じた衝撃はまったく別のところのものであるようだ。
その人たちの中には、自分を、両性でも中性でも無性でもないと感じている人もいるらしい。

まったく別の性。「性」と言うのすら違うのかもしれない。
その想像もつかなさも、衝撃的だ。
なにかとても…未来への可能性すら感じている。

たとえば、かわいらしいものが好きな男性、とか、かっこいいものが好きな女性、とか、そんなんじゃないんだよ。
女性の綺麗な服やアクセサリー、メイクやヘアスタイルを好む男性とも違う。男性の服装や立ち居振る舞いや…そういったものを好む女性とも違う。
Xジェンダーたちは、私たちの次元(この言葉は語弊があるが)にいないと感じた。

肉体や心の性別を受け入れるとか入れないとかいう問題じゃないんだろう。まるっきり「そこじゃない」ってかんじなのかもしれない。

私にはまったくわからなくって、その人たちを知りたいと望む。しかしこれは、決して珍獣観察的な気持ちではないのだと言っておきたい。
たまたまどこかで会った個性的な人に興味を惹かれる。それと同じような気持ちなのだ。
だから、どこかで出会えたりしないかな、と期待している。どこかで会って、私がこれまで会ってきた人たちに興味を持ったように、その人にも興味を持って仲良くしてもらおうとしたらXジェンダーという個性もあった、が、理想的。
その人たちから、学びたい。

今の今は、こんな気持ちなの、というのが、この曲。

Future Looks Good – OneRepublic