パンケーキにどっさりの生クリームをのせて

わが家はますます、外でご飯を食べる楽しみが減ってる。
直近だと木製の寿司桶を手に入れ、もうお寿司を食べに行かなくてもいいかもね、お外で食べるのはラーメンぐらいだねと、主人と笑いあった。

どこか、お店に足を運んでご飯を食べる楽しみって、なんだろう?

cake

生クリームは、私の病気。ちょくちょく欲しくなる。
いつもなら「ケーキ!」と言うのだけれど、今日はパンケーキを焼いてホイップクリームを作り、どっさり乗せた。
私の作るお菓子の、砂糖の量は、一般のレシピの半分以下。このパンケーキにもクリームにも、ほんの気持ち入れただけ。

食べながら、うちのご飯って作るだけじゃないんだよな…と考えていた。
なに食べようか?考えることから始まる。
食べたいものが決まれば、次は材料を揃える。家にないものは、買いに行かなくてはならない。
食材が揃ったら、洗ったり、切ったり、皮を剥いたり、下茹でしたりの下ごしらえ。
それからやっと、煮たり焼いたりと火を通し、味をつける。
この間には、使った道具の洗いものがある。
盛りつけて、テーブルを拭いて、運んで、食べて、最後には全部の後始末。
これが、うちでご飯を食べるということ。

こうして書き出してみると、手間のかかってないものなんて、ないんじゃないかと思えてくる。
とってもとってもめんどくさい。

外でのご飯はどうだろう?
なに食べたいか、お店はどこがいいか?を考えなきゃならないのは、一緒。
そこまで行って、座ってれば運ばれてきて、食べられる。
食べ終われば、お金払って帰るだけ。
工程数はググッと短縮されてるように思える。
けどね、行って・帰ってこなきゃならないんだよな。私にとっての最大のめんどくさいがここにある。

近ければ、まだいい。距離によっては、家でご飯作るよりよっぽどいい。
なにを選ぶか・どう選ぶかは、なにに価値を置いているかで決まる。
私はおうちが好きなんだ。

たとえばボルシチを食べたいなと思っても、近所にお店がない。近所ではビーツを売っていないけれど、だったら別に食べなくてもいいかなと思う。もしどうしてもだったら、ビーツ抜きのなんちゃってでもいいや。
食べることが本当に好きな人ならば、どこか食べることができる所まで行くのだろう。出かけることは苦にならず、食べられるという楽しみめがけて。

おしゃれして、バーでお酒を飲むのが好きだった。あの頃は、出かけることは苦にならなかった。
綺麗にしている自分と、東京都心の夜と、洒落たお店が好きだった。今でも、もしそんな機会があったなら、楽しめるだろう。
あのころも、私が出かけるのはお酒と雰囲気に酔うのが楽しみだったからで、ご飯を食べることじゃなかった。

そっか、外でご飯を食べる楽しみを、そもそも私は知らないのか。

それでもかまわない、と思う。
主人と、気楽に、好みのものを食べるという楽しみを覚えたから。

家でちらし寿司を食べられるなら、お店の握り寿司を食べられなくてもいい。
主人がシフォンを焼いてくれるから、泡立てた生クリームをつけて食べることだってできる。
ホットプレートを買ってもらえたら、焼き肉屋さんにも行きたいって言わなくなるかもしれない。
どこかへ行くような移動距離が長いおでかけよりは、スーパーで食材を買う手間を選ぶ。

行くのはまだいいけど、お腹いっぱいになって帰ってこなきゃいけないのって、めんどくさいじゃない。
だから、ご飯食べに来て。来てくれるのなら、私、作るよ。
今夜はスンドゥブ。

つれづれ

Posted by 照山直子