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時を止め傷つき続けている子どもたちへ

「ママは精神的に私を殺してる。もう、肉体的にも殺して欲しい」と、父に言ったことがある。
何をどうやって?は、自分でもわかっていなかったし、今考えてみてもわからない。
言い方が、正しくないからだろう。

私は、殺されていたわけではない。生きるのに必要な、どうしても必要な栄養━━愛情━━を与えてもらえていないと感じていただけだ。
これも、私がそう感じていたというだけで、正しくはない。

時が経って、父から、母は養女として育ったのだと聞いた。
父と母はお見合い結婚で、父は結婚をする前に母の養母から、聞かされたのだという。
父の言葉によれば「親戚をたらい回しにされた子だから、今はそれほどではないけれど、性格の悪いところがある」と、聞いたのだという。

私は、どう感じたろう? 驚いたことしか覚えていない。

母の口から「アンタぐらいの頃には、アタシには両親はいなかった」と聞いたのは、中学生の時。
父の話を聞いていたから、なんでどうしてとは聞かなかった。聞いてはいけない気がした。
なんで、母がそんなことを言ったのか、覚えていない。
母は台所に立っていた。


20代になってから、特にきっかけがあったわけではないと思うのだけれど、ふいに思った。
しかたないんだ…
ずっと、ずっと、母からの愛情が、愛情を与えられているというかんじが、欲しかった。
養女で、親戚をたらい回しにされたようなヒトなら、愛情表現を知らなくても、しょうがないんだ…
諦めというかんじではなくて、腑に落ちたとでもいうような理解のしかただった。
母を、私の母親ではなく、一人の(おそらくは)とても苦労をしてきた人間として認識した瞬間だった。

母を一人の人間として認識して以来、私の「愛情を与えてもらえない」と恨み憎む気持ちが激減した。

以降、気がつけば、母に抱きつくようになっていた。
私たちにスキンシップはなかったから、もういい歳になっている娘が突然べったりと抱きつくようになって、母は驚いただろう。
「気持ち悪い」と言われたし、振り払われもした。
だけど、やめなかった。
本当に、どうしても、欲しかったんだろう。
行動が先で、考えは後だった。
欲しいものはつかみに行く、与えられるのを待ってなどいられない。
母は、しだいに慣れた。


愛情を表現されることなく育った子どもは、愛情を表現することを知らない。見本がないのだもの、やり方がわからない。
そう思っていた。
ママのせいだ。と。
ママのせいで、私は人に愛情を表現できない。と。

自分自身で、間違っていたと証明した。

母に、あたたかさや慈しみやあふれる愛情などといったものを望むのをやめた。
私が教えてあげる。
そんな気持ちが、なかったとは言わない。
愛とは、与えられるものではない。勝ち取るものだ。
そんなふうに思い決めた。

━━今だから言えるのだけれど、これも正しくはない。


母は、生物的に私の母親だ。社会的に、私の親だ。
でもね、ただの人間でしかない。聖母じゃないし、できた人間でもない。
私の母は、一人の、傷ついてきた子どもなのかもしれない。


私には、強さがあった。

強さゆえに、私は母との関係を改善することができたけれど、歪みも出た。
母の愛情を欲しがって得られず、傷き続けている子は、癒されることがなかった。

現実において母との関係が改善したにもかかわらず、カウンセリングに通うほどに追い詰められ行ったのはどうしてなのか?
私の内側で時を止めてしまった、ひどく傷ついた子が癒されずにいたからなのだとも言える。
人との関わりは、母だけではないしね。

結論を言えば、私の内の傷ついた子を癒せるのは、母ではなかった。
原因が母にあったのだとしても。
その子を癒し、止まった時を動かし、成長させていくことができるのは、私自身だった。


カウンセリングに通うようになって、1年が経つ頃だったと記憶している。
私のカウンセラーに「何か重いものしょってるでしょ」と言われた。
うつむいて、ちょっと笑ったのを覚えている。そして、ぽつりと言った。「ママ」

問題を解決したと思っていたのに!

人間というのはとてもとても不思議で、気づくことのない・意識できない部分がある。
私の口を使って「ママ」と言ったのは、誰だったのだろう?
その声音・口調の幼さ。

関係が改善できても、問題が解決されたわけではなかった。
あの日から、私の、本当のカウンセリングが始まった。


どうか、内なる子どもたちが存在を認められ、生きることをゆるされますように。
私たちの内側にいる傷ついた子どもたちの、一人でも多くが癒されますように。