Psyche – プシュケ|小さな物語
ソレは、自分がイモムシであることを知っていた。
ニンゲンのコドモが得意そうに、トモダチに説明しているのを聞いた。
蟻や蜂が、ソレを醜いとからかい、あざけった。
ある日、ソレは、いつにもまして動きづらいと気づく。
あがくように身体をくねらせ、やがて動かなくなった。
蛹になったのだ。
ソレは夢をみていた。あたたかな、やわらかな、まぶしいような夢を。
ときに強烈な苦痛があったかもしれない。しかし、ソレは夢をみつづけていた。
やがて蛹が割れ、もがきながらソレは生まれた。タマゴから孵ったときとおなじような動きだったと、想ったかもしれない。
ソレは、夢とそっくりの、あたたかくやわらかな風で、濡れた身体を乾かした。
風が、くすくすと笑いながらソレに話しかけた。
「やぁ、生まれたばかりのチョウチョさん。もういいみたいだよ、その綺麗な羽を広げてごらん」
ソレは、自分がチョウチョであることを知った。
まぶしい光が射し込み、ソレに告げた。
「生きろ」
ソレは迷いもなく、すっかり乾いた羽を広げ、たよりなくひらひらと舞い立った。
ソレはどこかの花に惹かれ、とまるだろう。脚や身体に花粉をつけ、また他の花にとまるだろう。蜜を吸い、憩う。
その間に、命の橋渡しをしているのだと、ソレは気づくことがあるのだろうか。
ソレはいつか、自らの本当の名を、知ることになるのだろうか。