最近よく見ていただいてるページはこちら

  1. スカイリムの人だって綺麗になりたい!美化MOD【スカイリムSE】
  2. まっさらに初期化してみる|スカイリムSEをバニラに戻した記録
  3. 仲間がいればもっと楽しい!フォロワーやNPCを追加するMOD【スカイリムSE】
  4. MO2を入れたらNMMでダウンロードできなくなっちゃった!の戻し方覚書【スカイリSE】
  5. Skyrim SE に導入したMOD一覧

心の内に『孤児』が生まれ、癒えるまで

2016.10.5

きっかけもないのに突然、『バレエを習っていたとき、〇〇ちゃんにイジメられた』と、思い出した。

中学校に上がるまで、バレエを習っていた。最後の1年間は、一度もレッスンに参加していない。週2回のお習い事の時間、本屋さんにいた。
直接の原因は、いわゆるイジメ。バレエのレッスンクラスの全員に無視されて、行くのが嫌になった事。

孤児の誕生

イジメについて、イジメられた側として、何か言える事があるだろうか?
私のばあいは、自分にもどこかにイジメられる理由を持ってたんだろうなぁと思う。具体的には何も思いつかないけど、きっとあったと思う。大人になってからも「なまいきだよ」と、言われる事の多かった私だから。
どんな風に感じていただろう? 悲しかった? つらかった? 首謀者と顔を合わせ、露骨な嫌悪の表情を見るのは、傷つくことだった。しかし、意外に無感動だったように思う。所在なさをどうしたらいいかわからなかったのだけ、覚えている。うん、一言で言えば、途方に暮れた気持ちでいたようだ。
習い事に行っても、楽しくない。だから、逃げた。私のばあいは、その程度で済んだとも言える。

イジメはいいとか悪いとか、ここではそういった意見を述べるつもりは、ない。ただ、私のばあいに限り、しかたなかったと思っている。大人になった今、相手のことを考えると。
彼女のプライベートな事情を知っているわけではない。私より歳上だった。大人に見えた。中学生と記憶してる。そのぐらいの年代って、いろんなことにイライラしてるように思う。何にかははっきりとわからず、わからないからよりイライラする。
私はそうだった。ヤツアタリだったとしても、どこかに発散先を求めたんだとしたら、その気持ちがわからないでもない。
事実、私自身もそんな風にして、弟をイジメた。

当時を振り返って、つらい気持ちになるか? ならない。あの時の自分に向かって、かわいそうにと思う。
かわいそうに。

何年も後、続けて、繰り返しくりかえし夢を見た。〇〇ちゃんが出てきて、何も言えずに目が覚める、というパターンだった。繰り返しくりかえし、同じ夢を見た。
何度同じ夢を見たかわからない。あるとき、言い返すことができた。夢の中で。すると、以降パッタリと夢を見なくなった。
終わったのだと、わかった。

心は、自然治癒の力を持つ。傷ついた出来事との対決。トラウマの治療。
大人になってカウンセリングを学んで、トラウマ治療のやり方とそっくりなのに気づく。
少しずつすこしづつ、慣れさせるようにする。小さい子が体力をつけて風邪をひきにくくなるように、心の体力・免疫力・抵抗力をつけていく。
事実としての出来事を受け入れられるように。自分の感じる感情を、自分自身に引き受け、感じても大丈夫になるように。

きっかけもないのに、なんで突然、思い出したんだろう?
終わったはずでは、なかったのか?
想い巡らして、ハッとした。あの時、私は孤児になったのだと。

『12のアーキタイプ』という考え方がある。物語の骨格を分析し、系統立てた『ヒーローズ・ジャーニー』の流れの一つ。
簡単に言うと、純真無垢な赤ん坊が成長していき、最終的に賢い愚者になるまでを描く。 その段階は、階段のように順序立てて行われるものではないし、1周で終わりでもない。
出発点『幼子』は裏切りや失望を経験し、『孤児』が目醒めるとされる。

自分の内に『孤児』がいるのは、知っていた。誕生がいつだったのかを、思い出したことになる。
出来事によって傷ついたことは、昔に癒されていた。夢の終わりと、今思い出しても気持ちが乱れたりしないのが、その証拠だ。
しかし、出来事によって私に内に生まれ、時を止めてしまっていた存在そのものは、癒せていなかった。『孤児』として内に感じ意識され、現実においても他者とのコミュニケーションを拒んだり、世の中を不審と猜疑心とシニカルさをもって眺めていた自分自身の態度が、証明していた。
あの子が癒えた。

「仲間」を、私は持ったことがなかった。クラスメート、同期、講座仲間。私にとって、私から「仲間」と呼びかけることができる人たちでは、なかった。
それなのに最近、Twitterで、ブログで、「仲間たちへ」と口にする自分を不思議にも感じていた。どうしてこうも素直に口にすることができ、考え想うことができるのかと。期待や信頼を裏切られることを、あれほどに恐れていたのに? 相手が同じように思ってくれないかもしれないのに?
記憶が蘇ったことを、印と感じた。あの子の存在そのもの、少なくとも存在そのものに関わる部分が、癒えた印。

あのとき途方に暮れて泣くことさえできなかったあの子のために、今、私が泣こう。