ホームはどこ?
英語の“Home”には、“家”という意味だけでなく“故郷”の意があると、中学校で習った。
ホームとは、どんな場所のことを言うんだろう?
私は生まれも育ちも東京で、親戚はみな東京にいて「おばあちゃんのいなか」のようなものも、持ったことがない。
いなかって、どんなかんじなんだろう?
就職のため、あるいは学校に通うために地方から東京に来ている人たちがたまに、それまで住んでいた場所を「いなか」と言う。
生まれ育った場所として語られるときの「いなか」には、郷愁の響き。
知人の、父親が台湾人で母親が日本人である男性は、母親がいわゆる「お妾さん」であったこともあり、日本国籍だけど故郷がないと言っていた。
私は日本に国籍があり、血の繋がっている両親が住む家は東京にある。
しかしどれも、ホームと言える場所ではない気がしていた。
常に、どこかへ還りたいと願っていた。
「帰りたい」ではなく、「還りたい」。
「もういいよ、君の役割は終わったよ」と許されて、本来いるべき場所へと戻されるようなイメージを持っていた。
何を? 誰に? どこへ?
その男の子を知ったのは、同級生を介してだった。
中学時代、自分の描いたイラストを見せ合うのが流行ってた。同級生A子に、スケッチブックごと預けた。
彼女の家に、たまたま遊びに来ていた いとこも見たのだという。
彼自身もイラストを描く人で、メモ程度の手紙をもらったのをきっかけに、やりとりが始まった。
その男の子は、養子に出された子だった。事情は知らない。
A子から聞いた限りでは、先の養父母は、彼が養子であることを隠さなかった。血は繋がっていないけれど愛していると、言葉と態度で示し続けていたようだ。
子供を望んだ、あたたかい家庭という印象を受けた。
私たちのやりとりは、A子を仲介していた。彼と直接会ったことはない。
どんなだったのか、今はもう覚えていない。たわいないものだったと思う。
唯一記憶に残っているのが、不透明で真っ白なマニキュアをもらったこと。修正液のようなそれに、思わず「どうしてこの色?」と言葉が出た。A子は「(私の)イメージが白なんだって」と教えてくれた。
養父の仕事の都合でイギリスに移住したと聞いた後、しばらくして、A子から手紙を渡された。
さよならの手紙だった。
彼の養父母に子供ができた。彼は、養母の困惑を感じとったようだ。自分の子供として育ててきた彼と、お腹で育っていく実の子供。スピルバーグの映画『AI』を思い出す。
養母の困惑を受け、彼は自分がいなくなることを選んだ。
A子からは、親戚を頼ってオーストラリアに向かったと聞いた。
学校と家の行き来が世界のすべてだった私には、想像することすらもできず、無感動に「ずいぶんグローバルな話だ」と思った記憶がある。
しかし私の心を打ったのは、彼の深い思いやりと勇気、そして決断。まだ、中学生だったんだよ。
手紙には、強くなって帰って来ると書いてあったことだけ、覚えてる。
じゅうぶん、強いじゃないか。
ホームとは、どんな場所のことを言うんだろう?
国籍? 育った場所? 住んでる所?
A子は手紙のやりとりを続けてるというので、メモを託した。
『ホームを持たないあなただから、どこにでも、あなたのいる場所にホームを作れるね』
Phill Collins は『Homeに連れて帰ってくれよ、だって僕は覚えてないんだ』と歌う。