深呼吸して泣いた
目が覚めると———夜中だろうが朝だろうが———、その時々の心掛りが頭に浮かび居座るようになる。おかげで重い気持ちになり、あるいは焦燥感に駆り立てられたり不安に押しつぶされそうになったりして、眠れなくなる。
アルバイトを始めた。
面接を受けたのはまだ年が変わる前で、その場で「採用します」と言っていただけていた。けれど実際は、キリよくも2026年の1月から。
物事がトントン拍子に進むときがある。そんなときは「間違っていない/すべきなのだな」と解釈している。
昔、あるところでお会いしたお坊さんが「おぼしめし」と「おはからい」を話してくださったのを思い出す。
肯定的なことと否定的なことでそれらを使いわけていた。
そんなかんじで、物事がトントンと進むときは私個人だけでない大きなものがかかわっているようなかんじで捉えているのだ。ようするに吉兆、少なくとも「非常に肯定的」だと。
それがさ、修行的な意味とは想ってもみなかった。

10数年の引きこもり生活。歳は53。元々体力はないのに、引きこもりと加齢によってさらに体はキツくなってる。おまけにね、覚える力も反応速度も鈍くなってた。
ここまでとは、正直、想像もできなかった。
輪をかけて、私のトラウマや否定的な考え癖も発動するという……
1ヶ月目が終わるころ、辞めようと決めた。いつどのタイミングでどう言おうかと考えてた。
ところへ、私を採用してくださった方からメッセージが来てそのままお会いすることになった。「もしかして退職考えてます?」とは、なんて勘のいい人なんだろうって驚いた。
会って話して、結局、辞めることを止めた。
コーチングされてしまったんだよ。コーチングなんて知ってもいない人から。あるいは、あれはソリューション・フォーカスト・アプローチだったかもしれない。
素直に、すごいなこの人と思った。娘でもおかしくないほどに歳の離れた人を。
初めて面接でお会いしたときから、どうしてか好意を持っていた。なので「(あなたが)ここの店長になるなら辞めません」と言ったら、実はその予定ですと返ってきた。
物事がトントンと進むときがある。
それはもう、私よりもぜんぜん大きなチカラが働いているんだろうと解釈している。だから「Go」サインなのだと。
私はたぶん、トラウマとか否定的な考え癖をどうにかするチャンスなのだろう。
……ああたしかに。たしかに私は自分のそういったものを癒したいと望んだ。だからこうして機会をいただいてる———願い事は慎重に———そう解釈し納得していても、現実のつらさってハンパないじゃない?
心の負担だけでなく、体の疲労の補えなさときたら!おまけに季節の変わり目だ。
自分がつらい理由なんて、考えだしてみればいくつでも見つかるんだ。脳にはそんな癖があるらしい。
心理カウンセラーのトレーニングを受けた身だもの、今日までに問題を解消するあれこれの方法は試したさ。心のことは、時間のかかるものだというのも実体験として理解し納得もしている。
でもつらい…… そして目についたのが本棚にあった1冊の本。うつうつしなくなる だった。
私が読むぐらいだから、専門書ではなくて、専門的な知識をふつうの言葉でわかりやすく書いてくれてる本だ。イラストも楽しい。
そこに書いてあった、かんたんなマインドフルネスの方法、深呼吸を試してみた。そしたら、涙がでた。
泣きだした自分に、自分でもびっくりした。
でも、心理カウンセリングではわりとあることなんだよね。
泣きながら、これはどういったことなんだろうかと説明を考え始めた。考え始めて、考える必要なんてあるんだろうか?と思った。
繰り返すのだけど「心理カウンセリングではよくあること」なんだ。頭で考えるのとは別の「次元」と言ってもいいのかもしれない。
むしろ頭で考えてしまったら———脳はなにかと言い訳する という本にで知ったのだけど———無理矢理にも解釈をあてはめてしまうらしく、ゆえに間違えてしまうかもしれない。そんなことを想っていたら、「リラックスしたのだ」と思い浮かんだ。いわゆるアハ体験、でなくても、心のしこりがとれてゆるんだ(固まっていたものが氷解する)んだと。もっと言えば、否定的に働いていたものが本来の姿へと昇華するときに、涙や笑いなどが起こるともいわれている。
アルバイトを始めてから、私は緊張していた。そこへ行くのに、行って仕事を始めたときに、手が震えているほどに。ユニフォームへ着替えるのに、手がうまく動かないほどに。
緊張は仕事が終わってからも続いていた。冒頭に記したように、意識があるときはいつも想っていた。だから、たぶん私は OFF になれていなかったのだろう。
うつうつしなくなる には『OnとOff とスタンバイがある』と書いてあった。
スタンバイ状態のとき、私達は自分の疲れをあまり効果的にとれていません。
読んで、すごくすごく腑に落ちた。
元々、私は切り替えが下手。心理カウンセリングを学んだ理由のひとつでもある。
本を読むちょっと前にも「うちにいるときは“安全”とおもえたらいいのに」と主人に話したのを覚えている。
つまりね、少なくとも、深呼吸したとき、私はそれまで満足に呼吸すらできていなかった。———これは大げさではなく、体が緊張してる人は呼吸も詰めている傾向があるんだ。
だからなのか? リラクゼーションの誘導では呼吸に言及する。たとえば「ゆったりとした呼吸をしましょう」と。
自分の弁解として、私は今日までに、さまざまな心理的アプローチを自分に試みている。そうやって向かいあってきたから、深呼吸しただけで“シフト”が起きた可能性もある。
なんだっていいのよね。どうだっていいの。自分の「つらさ」が少しでもラクになるのなら。
ラクになるっていうのが大事なんだ。
ラクになれなけらばなにがどうなるか? まずは、自分が追い詰められていく=もっともっとつらくなっていく。並行して、悪者探し/原因追求をする。何が誰が悪いのかわかったつもりになったところで、誰かや何かに責任転嫁して恨むだけで自分のつらさはラクにはならない。そもそも何かが悪いのか?誰かが悪いのか?は、たぶんそのとき信じるほどには適切ではない。
現実的には何も変わらない。むしろ自分の気持ちの負担が増えていくかんじになっていく。そしてつぶれるんだ。
なにはともあれ、私は10数年ぶりに社会に出た。
私が現役だった頃とはまったく逆になった常識にめんくらったりしてる。
自分の肉体的な年齢をかみしめたりしてる。
そして、深呼吸して泣いた。



















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