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心についた傷を癒すための成長

心は、自然治癒の力を持っている。
私たちは毎日を過ごしているだけで、心に傷を負うこともある。
肉体のケガと同じように、心も、あるていどの傷ならば時とともに癒てゆく。

お昼寝で、夢を見た。
子どもの頃のこと。似たシチュエーションでの再現だった。

謙遜のつもりで口にした一言が、相手の気に触った。投げつけられた言葉に言い返すことができず、子どもながらに理不尽だと感じたのを覚えている。
些細なこと。
もしかしたら、相手は、そんなやりとりがあったことさえ覚えていないかもしれない。
非難ではない。相手のその時のあれこれを知っているから、言われたことは理不尽と感じるけれど、言わずにおれなかった状況は理解できないわけではない。

当時は、さまざまを飲み込んだ。
あれから20年以上は経つだろう。
夢の中で、私は、言うことができた。「○○と××は、違うと思います!」
その一言を「なにか…なにか…大切なことを、ここで言わなくてはならない…」一生懸命考えて、やっと、言えた。
理不尽と感じた原因を。

私の傷は、私のものなんだよね。
私の傷を癒せるのは、私だけ。
傷を癒すにも、準備がいる。私自身の成長が。

こうやって、心は癒えていく。
自覚する以上に深い傷も、私たちは抱えて生きている。
時だけが癒してくれるかもしれないようなもの。
その、時とは、時間のことだけでなく、経てきた経験をも意味するだろう。私たちは成長するのだ。
成長には、えてして時間がかかるもの。

本人が、どのように傷ついたかは、外から判断することはできない。
自分自身ですら、計ることなどできないものなのかもしれない。
些細なことと思っていたけれど、こう時間がかかったのだから、それなりに深かったのかもしれない。

以前、休日の静かな朝・心のセーフティネット でも触れた。
私たちが意識的に、自身の心を自覚しにくい要因のひとつに、セーフティ・ネットがあるからだと思っている。
むやみとデリケートな部分にまで侵入できないように。対処する力が育まれるまでは対峙せず済むように。
セーフティ・ネットは、私たちを、自分自身からも守っているのだ。

しかしいくらセーフティ・ネットがあろうとも、心についた傷の、あるをなしにはできない。

癒えていない心の傷は、時折、そして不意に顔を覗かせる。
「もういいかい?」確かめに表れてるようなものだろう。
まだ準備ができていなければ、私たちは「襲われた」と感じる。昔の嫌な思い出が蘇り、意識が脅かされたと。
ついてしまった傷が、その存在を忘れさせてくれず、動揺を引き起こさせる。そんなふうに感じる。
私たちの無意識は、私たちの敵ででもあるかのように。

たしかに、私たちの意識にとって、ときに無意識は敵となりうる。
その話は、またいつかどこかでしよう。