関わる人たちに映した姿

2016.9.10

主人に言い続けていることの一つに「それが個性だよ」があった。
この言葉はまた、自分自身にも繰り返している。

良い・悪いではなく、個性。人と違うところは、その人を他と区別する個性。
まったく同じ個性を持つ人を探すのは、不可能かもしれない。似たようなものでさえ、難しいこともある。
だけど、同じような “なにか” を大切にする人と出会うことは、個性的な自分を見せていければ、思うより早い。

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アンデルセン童話『みにくいアヒルの子』を知らない人はいないだろう。
どこかで聞いただけでなく、読んだことはあるだろうか?
他の兄弟たちと違う姿で生まれてきた“アヒルの子”が、いじめられて一人ぼっちになって、憧れた白鳥たちの元へ行き、自分も白鳥だったと気づく物語。

一人ぼっちになった彼が冬を越さなくてはならず、死にかけたこと、知ってる?
もうどうにでもなれと身投げ覚悟で、白鳥たちへ近づいて行くと、知ってる?
私は最近、知った。

人と違うということ。
たぶん、誰しも「自分はみんなとまるで同じ」だなんて思ってない。どこかしらで自分のことを「変だ」と思ってる。

大人になれば、そう考えることもできる。
けれど、子供だったら? 今よりもっと世界が小さなものだった頃。
私は子供の頃から、自分は人とは違うと感じてきた。

『みにくいアヒルの子』は、私の物語だった。
どんな物語を生きているのか?自分の脚本を見つける で、ちらっと言ってる。
居場所がなかった。
本を読んでいるときだけ、物語の世界にいるときだけ、息ができた。

子供だった私は、自分はもっとよいもののはずなのに と想っていた。
歳を重ねるにつれ、己を知る。私などこんなものだ、と。もっとよいものだと想ったのは、おごりでしかないと気づく。
大げさなようだけれど、希望を失ってしまったのは、それもあったのかもしれない。
自分は、白鳥になどなれないとわかって。

ブログを始めて、有名なブロガーさんたちの書くものを見て回った。そして、考えた。彼らは、どうして人気があるのか?
考えていくうちにわかったのが、お人柄だ。

人格者である必要はない。
それぞれに個性がある。
その個性によって、好き嫌いがついてきてる。「この人を好きだ」と思うのは、親近感か憧れ。

私に無理なく応用できるのは、なんだろう? どういったことなら、取り入れられるだろう?
考えて行き着いたのは、やはり自分自身を出すことだった。

もともと、それをしたかったんじゃないか。
自分をウリにすること。

私のウリは? 私のすべてがウリだ。
魅力とは、外見が美しいことではない。
長所とは、他人より優れていることではない。
魅力も長所も、他人からの評価だ。価値があるかないかは、他の人が決めてくれればいい。
私は、自分自身を手のひらに乗せて見せるだけ。白鳥の元に身を投げ出した“アヒルの子”のように。
好き嫌いは、その人の勝手だ。嫌う人ももちろんいるだろう。だけど、好きになってくれる人だって、きっといる。
世の中には、いろんな人がいるのだから。

好きになってくれる人を見つける一番早い方法は、自分を見せることだ。

同じものが好き・同じように考える・同じかんじがする、そういった好みや感覚が同じならば、一緒にいて心地いい。
この人のこういうところがおもしろい。この人が言うから興味を惹かれる。そんなふうに感じていかれるなら、それは仲間意識を育む。
そしてまた、違いも。違うからこそ、発見もある。
同じと違うのバランス。すべてが同じである必要など、どこにもない。

心地がいいと感じるのは、どこか深く、自分が大切にしている何かが似通っているからだけど、まったく同じである必要はない。

『みにくいアヒルの子』は変身の物語ではなく「居場所を間違えてしまった物語」だという解釈を知った。
深い納得感とともに「私のいるべき場所はどこなのだろうか?」と考えた。
私のいるべき、私が居心地がいいと感じる場所。私が心地いいと感じることのできる人たちのいる場所。私がずっと間違えた場所にいたのなら、私のいるべき場所もあるはず と。
数年、探してみたけれど、見つけられなかった。
そのうちに、主人が私のいるべき場所となり、家にいる生活をするようになり、満足していた。

なのに、どうしてだろう?
幸せなのとは別の部分で、満たされない気持ちがあった。
人と関わりたいという想いが。

人との関わりを求めてブログを始めたわけではなかったけれど、やっていくうちに、人が必要になった。どうしても。
そして、また探すことになる。私のいるべき場所は? 私が心地いい人たちはどこにいる?
探しながら書いていくうちに、自分が現れ始めた。
いろんな自分。
外に出たがっていた部分。
それらを止めることなく外に出していくうちに、やっと見つけた。私がいるべき場所。私が心地いいと感じる人たち。

そうやって出会えた人たちを見ていて、この人たちはなんて誠実で、真摯で、一生懸命で、綺麗なんだろう と思っていた。
そういう人たちに心地の良さを感じる自分に気づいて、改めて「私は白鳥だったんだ」と知った。
池に映った自分の姿を見て、自分が白鳥なのだと知った“アヒルの子”のように。


special thanks to すみれさん、ありがとう。あなたの今日のツイートで、これを書く気になれました。


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