共感とは?相手と「同じ」ではないですよ

2016.12.12

悩んでいるとき、傷ついたとき、誰かに話しを聞いてもらうだけでラクになることがあります。さらには、共感してもらえると、とても嬉しいですね。
一般的には、相手と同じ経験があるとか、同じように感じたり考えたりすることを「共感する」と言います。心理カウンセリングで用いる「共感」は、意味合いが違います。相手と“同じ”になってしまっては「共感」にならないのです。この違いをご紹介します。

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はじめに

最近知った『感覚過敏』があまりにも「!」 を書いたとき、HSPを知りました。HSPは Highly Sensitive Person の略で、一般より敏感で繊細な感性を持った人のことを指すようです。
強調しておきたいのは、これは特徴傾向であって、病気ではありません。少なくとも今のところは、自己診断によって自称できるものでもあるようです。
自己診断してみると、あてはまっていたので、私はHSPなのでしょう。
しかし、リンク先ページではHSPについて、触れもしませんでした。それはなぜか? 理由は3つあります。① HSPという名称は自分にとっては大げさだと感じたから ② 自分を特別視したくなかったから ③ 納得だけして終わらせたくなかったから、です。
HSPでも感覚過敏でも呼び方はどうあれ、感じすぎるというのは、本人にとってつらいことであるに変わりはありません。私自身、どうにかしようとしてきました。
ここでは、感じすぎるとはどういうことか、気持ちに焦点を当てて心理学的な立場から説明します。

共感とは?

HSPは共感しすぎてしまう、とも云われているようです。共感とは何だろう?を、まず明確にします。

共感(きょうかん、英語:empathy)は、他者と喜怒哀楽の感情を共有することを指す。もしくはその感情のこと。例えば友人がつらい表情をしている時、相手が「つらい思いをしているのだ」ということが分かるだけでなく、自分もつらい感情を持つのがこれである。通常は、人間に本能的に備わっているものである。

Wikiの解説が興味深いので、お時間あればぜひ読んでいただきたい。上記引用の例では、相手がつらい思いをしてると分かるだけでなく、自分もつらい感情を持つことが共感だとされています。納得できますね。

大辞林 第三版の解説
きょうかん【共感】
①他人の考え・行動に、全くそのとおりだと感ずること。同感。
②〘心〙 〔sympathy〕 他人の体験する感情を自分のもののように感じとること。
③〘心〙 〔empathy〕 ⇒ 感情移入

こちらはどうでしょうか?
一般に「共感する」と言うとき、私たちは主に1番目の意味で使っているのではないでしょうか? 相手の考えているように自分も考える、同じような行動をとる(だろう)、そんなふうに感じる、と思えれば「共感した」と言います。これを言い換えれば「同意」です。
2番目はWikiの解説と近いでしょう。他の言葉に言い換えるとすれば「同情」に近いのではないでしょうか。
3番目が、ちょっと説明しづらいので後述します。

共感で何が起こっているのか?

日常的に使われる意味での「共感」には、上述の引用から推測されるように、「同意」や「同情」の意味合いが含まれています。わかりやすくイメージしていただくために、図にしてみます。

自分と相手

“自分” と “相手” は、別の人間です。あたりまえのこと、ですよね? 別の人間なのだから、考えたり感じたりすることは別々です。気持ちのうえでも距離があります。

 

「その意見には賛成だ」というばあいは、意見がイコールなだけです。このような“同意”ならば、距離は保ったままでいられるばあいが多いでしょう。

同意

同情

同情したとき、多くのばあい、相手の「悲しい」と感じている部分(サブパーソナリティ)に対応する自分の部分(サブパーソナリティ)が反応してしまっています。

 

ここまではまだ、相手と自分をわけ、距離が保てています。

感情移入

感情移入すると、相手になってしまうかのような、同一化が起こります。図を見ていただいてわかるように、まるで相手に呑み込まれてしまったかのような状態です。

 

平常と、共感(同意、同情、感情移入)の3つのパターンで起こっていることを見ていただきました。これで何が言いたいかというと、HSPや感覚過敏な人の多くが、4つ目の同一化を起こしている恐れがあるということです。極論になりますが、相手になってしまっている状態は、自分がなくなっています。コントロールの効かない状態とも言えます。つまり、相手に振り回されてしまっているので、非常に疲れる。

心理カウンセリングの「共感」とは

カウンセラーは、共感する能力が必要とされる存在でもあります。会う人会う人に同一化していたら、自分自身がわからなくなり、最悪は自分を失ってしまいます。共感は、能力です。コントロールができるものだし、鍛えることもできるものです。
どうしてか?
カウンセリングを学ばなくても、他人と自分は別の人間だと、頭ではわかっていますね。さらに「相手の考えていること、感じていることは、相手自身にしかわからない」と、わかっていますよね? 特にHSPや感覚過敏な人は、自分が他人に理解してもらえないことから、嫌というほど経験的に理解しているはずです。
他人のことを「わかる」と思うのは、厳密に言えば「想像」でしかありません。あるいは、長く一緒にいて知る「パターンの蓄積」です。
私個人が理解している範囲ですが、心理カウンセリングで言う「共感」とは、自分自身を保ちながらも、精一杯相手の立場に立ったつもりで考え・感じてみようとすることです。図にすると以下になります。

共感

図から、イメージをつかんでいただけたらと思います。
強いて説明すると…相手と自分を離したまま、相手の感じていることを感じようとします。すると、自分の中で反応しようとする部分があるので、それに気づくと同時に感じ、相手の部分と距離を離します。
最初にこのかんじを聞いたとき、何て離れ技なんだろうと思ったのを覚えています。練習していけば、できるようになってきます。
これができるようになってくると、相手はもちろん、自分自身の感じていることにも振り回されにくくなるので、HSPや感覚過敏がラクになってきます。

さいごに

共感とは「相手になること」ではなく、自分をコントロールしてなおかつ、相手の感じていることを感じてみようとすることです。相手になってしまったのでは、自分をなくしてしまっている状態なので、本物の理解にはなりません。カウンセラーを志すなら必須の訓練ですが、HSPや感覚過敏にも有益で有効なトレーニングです。
本物の共感は、相手を癒します。HSPや感覚過敏な方の、生まれ持っての才能を活かすものだと思います。
感じすぎる方には、心の優しい方が多くいらっしゃいます。職業では、介護士さん、看護師さん、何らかのセラピストさんなどに多く見受けます。その優しさを、本人がつらい方向ではなく、能力として、無理なく他者へと向けていかれるようにと願ってやみません。
本文中に「サブパーソナリティ」という言葉を使っていますが、関連ページをご一読いただけたらと思います。サブパーソナリティのシリーズは、現段階では書きかけです。次に書くもので、ここで言うトレーニングの方法にも触れるつもりでいます。

今回参考にした本は以下になります。「フォーカシング」については、いずれご紹介しようと思っています。