母と

2023.3.15

どこかでもう話したような気がするのだけど、頭の中あるいは胸の内で書くつもりの言葉を声にせず口にしていたのかもしれない。20年ほどぶりで、東京新宿で母とランチをしたという話し。

心理カウンセリングに通っていた頃、母からよく呼び出されていた。新宿のランチに。母なりに、カウンセリングに通う娘を心配してくれていたのかもしれない。
たぶん母が一番お金を稼いでいた時期だったのかも。今から思えばずいぶんと贅沢だけれど、新宿のハイアットのブッフェにはよく行った。心身の問題で私は食べれない時期だったが、ブッフェならいろんなものがあって少しでも食べようと思えたし、一人前の量を食べないで済む。それから、さすがホテルだけあって席と席の間がそれなりにゆったりしているのも理由のひとつ。都心では、空間も贅沢品なんだ。

ハイアットには前回行ったから、今回は京王プラザホテルのブッフェに行った。結果、現在ではハイアットよりこちらの方を気に入った。

画像は私の食べたもの。サラダに前菜と、デザート。そしてこれが今回一番だったというクレープ。メインになるものを食べられずお腹がいっぱいになってしまった。ブッフェに行ったならたくさんさくさん食べなくちゃと、今でも考えたりする。これ、たぶん貧乏な発想なんだろう。大人になったのだから、良いものを少しずつ、という食べ方をしたいものだと思う。本物の贅沢を、きちんと味わいたい。

ここのところ、母とは2ヶ月に1度くらいの頻度で会っている。
  …そういえば、父が認知症でという話しもしてなかったっけ。
前回のハイアットは、介護でストレスをためた母の慰労だった。それまでは私が実家へ行っていた。父に会うために。そして今回は、禁煙でおかしくなった私のためのランチでもあった。
2ヶ月ごとに会っていれば、話すことはそれほど多くはない。しかし別の視点から言えば、2ヶ月の間の出来事を全部話そうとすればとても時間がかかるはずなんだ。覚えていないのを意識した。私の日々は大切にされることもなく消費されている。こんなのは嫌だな。

「歳をとってママと一緒に暮らしたくなるとは思いもしなかった」母へと言った。本当に、思いもしなかった。
父がいなくなったら、母を引き取って一緒に暮らしたいと思っている。これまでそして今現在もずっと頑張っている母に、じゅうぶんなことをしてあげられないとしても、楽をしてもらいたいと望んでいる。
それよりも、この時点では「今ママが(私にとって)必要だよ」と言った。親というのは、不思議な存在だ。不安なときにそばにいてもらいたいと欲するなんて。
若いころには、母のせいで私は生きづらく死にたさを抱えているのだと思っていた。カウンセリングに通って、それから心を学びもして、ずいぶん変わった。

ゆっくりした食事を終えて、どこかで何か見たいものがあるかと聞いてみた。「一緒にお墓に行って」と母。
昔フジテレビがあった場所の前にもお墓があって、そっちかと思った。そうではなくて父方の、新宿南口から歩いてちょっとの所の方だった。
お参りして、母と別れた。

もう少し頻繁に出かけた方が、私にはいい気がした。オシャレして、背筋を伸ばして、よそゆきの自分になることが必要なのかもしれない。良い意味のストレス=緊張感を感じること。
桜はまだだけど、あたたかく、お出かけにいいかもしれない。

つれづれ

Posted by nao