エッセイ

よく思うんですが、私たちは“教えてもらう”ことに慣れすぎているんじゃないでしょうか?

学校へ行けば、知識を教えてくれる。
セミナーへ行けば、考え方を教えてくれる。
友だちに相談すれば、アドバイスを教えてもらえる。
お習い事をすれば、そのや ...

エッセイ

クライアントとして通った、心理カウンセリング。
友人に訊かれた。「naoちゃん、いつまで先生のところに行くの?」
ショックだった。思いもよらない質問だった。

カウンセラーとクライアントの間には、クライアントからの依存が生まれる。
一般に、 ...

エッセイ

「おまえは人の顔色を見る。あっちの家に行けば、そこの人が喜ぶような言動をし、こっちの家に行けば、こっちの人が喜ぶようなことをする」
父に言われたのは、いつだったろうか? 小学生だった。そのときは、意味がわからなかった。ただ、なにか非難されているように、責められている ...

エッセイ

自分の好きを、言葉にして「これ」と言うことができる?
自分の望みを、言葉にして「こんなふうなのがいい」と話すことができる?
「もちろんできる」という人には、このブログは必要ではないだろう。

アダルトチルドレンや毒親が囁かれ続け、社畜だとかブラック ...

エッセイ

主人は、初詣の前にはてなブログの登録を済ませたらしい。2017年の始まり。
日の出を待って、氏神様へ詣でた。浅間(せんげん)神社は、富士山を信仰する。甘酒に添えられた、おせんべいとみかんをいただいた。
愛犬Sivaの散歩に少しつきあって、いったん帰宅。

エッセイ

本当は、クリスマス・イブだけでなく、365日、サンタクロースは活躍している。

エッセイ

かつてハリボテだと思った。今は、自分自身を信じる。

エッセイ

主人とは、ごく普通に死について話します。私の父とは、介護についても話しました。

エッセイ

『ベドウィン』という言葉が思い浮かんだのだけど、彼らについて、何を知っているわけでもない。
移動していく、というイメージ。よりよい場所を求めて移動していく。

もっと楽しく毎日を過ごしたい。そう願っている自分に気づいた。
もっと楽しくって、どういう ...

エッセイ

ソレは、自分がイモムシであることを知っていた。
ニンゲンのコドモが得意そうに、トモダチに説明しているのを聞いた。
蟻や蜂が、ソレを醜いとからかい、あざけった。

ある日、ソレは、いつにもまして動きづらいと気づく。
あがくように身体をくねらせ ...

エッセイ

現代医学はメキメキと進歩してて、昔だったら救えなかった命も救うことができる。事実、私の心臓も手術してもらった。
救われた命。

ごく素朴な疑問がある。救われた人たちは、生きたいと望んでいたんだろうか?
もし死を宣告されたら「死にたくない」という気持 ...

エッセイ

一緒に暮らし始めてから、初めて主人がいない。会社員だから平日の昼間はいないけど、夜いないのは初めて。
愛犬はいてくれるものの、家がガランとして感じられる。たりないかんじ。まるで、何かなくしものでもしてしまったかのようなかんじ。
主人なしに寝るんだなと思うだけ ...

エッセイ

「おまえが男だったらよかったのに」は、何人かに言われた。男だったら、一緒にやんちゃなことして遊べたのに、と彼らは言う。
素直に、嬉しい。一方で、私は自分が女だということに、誇りを持ってるよ?
私が女だから、男の人たちを見ていて、こう言えるのだ。

...

エッセイ

寒くなってきた。わくわくする。寒い季節は、幸せを感じるチャンスが多い。

若い頃は、寒い季節はおしゃれのしどきだった。
秋の重ね着は腕の見せどころだし、ジャケットを楽しめる。ロングブーツが大好きで、柄物やカラーのタイツに凝った。
本格的に寒くなれば ...